ワールド500店舗閉鎖 不採算ブランド廃止
今の経営陣 45歳~30歳の年代の方々には承知しないであろうが、
ワールドという会社名を聞くと私などは胸が震える
創業者の一人が畑崎廣敏氏であり、
昭和40年代50年代の風雲児、いや 立派な経営者であり、
年齢が少々上であっても何か、身近で、いつも私の周りにワールドがありました。
「SPA」というビジネスモデルは、彼がスタートであったといっても過言ではありません。
「スペシャル プライベート アパレル」
我々の20歳代までは、糸は糸屋、布地は布屋、
シャツ・服はそれぞれに屋が付き、
小売業は、大阪、東京、名古屋に仕入に行って店頭に並べたのです。
SPAは、デザインを起こし、服として仕上げ、
自らの責任で小売店を持ち、そこで季節商品を販売したのです。
今でこそ、小売店舗は、それぞれ自社ブランドを持ち
「SPA」展開があたり前になっています。
「コムサ」「キムラタン」「ジャワ」「五大陸」多くのブランドが生まれていったのです。
そのワールドが全店舗の15%にあたる500店舗を閉鎖すると
新聞は報じています。
いかなるブランドが消え、何千人の従業員が解雇されることか!
売上が前年比 低下していた時、会社はいったいどんな手を打つであろう!
オーナー社長の木口氏も畑崎渦氏も鬼籍に入っておられます。
生きていらっしゃったら いかなる手を打たれたのでしょうか?
二代目、三代目は売り上げを落としたくないので
・多店舗展開を実施
・他ブランドを立ち上げる
この2つの方法をとるのが普通であり、墓穴を掘ることになります。
売上拡大の方策しかなかったのでしょうか?
年商100億円ブランド3つ、大都市中心ではいけないのでしょうか?
なぜ、この30年間 元気の良かったワールドが落ち込んでいってしまったのか?
今や、ファストファッションという新しい路線が台頭してきたことにあります。
GAP H&M ユニクロ フォーエバーである。
ワールドには 売上が3000億も果たして必要だったのか?
従来の成功モデルを閉じてしまう勇気を持たなかったのか?
焦ってやたらと多ブランドを作りすぎた?
ポートピアにある30年前に建築した本社ビル 必要だったのか?
ワールドは なぜ ファストファッション領域に行かなかったのか?
外部から見ているだけで、内部の事情は分からないが、
なぜかくもワールドは急にしぼんで萎んでしまったのか?
何もワールドだけではなく、
ニッセン(本社 京都市南区西九条院)も一時代を築きあげた会社が、
また 減りつつある現実を見て 手が打てなかったのか? 疑問に思います。
時代の流れに乗ることの難しさを示しています。
一業30年とはよく言ったものです。
(井上和弘)
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