借入時の抵当設定に気を付けろ!⑥
⑥銀行交渉は、互いに笑顔で腹を探る
ある会社で、含み損を抱える土地の売却を、進めていました。
根抵当を盾に、A銀行は融資額をさらに増やそうとしました。
そこへB銀行が手を貸してくれました。
根抵当を外すのに必要な資金を、無担保・無保証で、貸してくれたのです。
これで、A銀行に全額一気に返済する、準備が整ったのです。
B銀行の支店長は言いました。
“〇月〇日の9時30分に、
A銀行の支店長にアポを取り、訪問してください。
9時すぎに、私共からA銀行に、返済資金を振り込みますから。”
その、Xデーがやってきたのです。
その日は私も、同行しました。
その会社から、A銀行の支店まで、車で5分ほどです。
9時過ぎに、B銀行の支店長から、経営者に電話が入りました。
“今、A銀行への振込を完了しましたので。”
“わかりました。A銀行へ向かいます!”
私たちは、会社を出ました。ミッション開始です。
その日はとびきり暑い朝でした。
少し早めにA銀行へ到着しました。
支店長が、玄関先の植木に水をやっていました。
“支店長、おはようございます!”
“おはようございます。これはお早いご到着ですね。”
表面上はお互いに笑顔ですが、お互いに腹の探り合い、
といった雰囲気なのです。
“どうぞ、お部屋に案内いたしますので。”
水やりを終え、支店長室へと案内してくれました。
こちらは私含めて3名、
先方も副支店長、営業担当を含めて3名でした。
挨拶もそこそこに、支店長が切り出しました。
“いやあ、最近は政治も経済も不安定で、
いったい、いつ何が起こるかわからない世の中ですねぇ…。
ところで、今日はいったい、どのようなご用件でしょうか?”
暑い日でしたが、その笑顔は冷ややかでした。
急にアポを取るのは、何かある、と踏んでいたのだと思います。
これまで交渉をしてきた、専務が言いました。
“ええ、実はですね。
今日は改めて、根抵当の解除をお願いにまいりました。”
“その件でございますか。
しかし・・・、その件は以前にも申し上げた通り、
全額返済いただいた際に、解除させていただきますので・・・。”
“そうでしたよね。
なので、お伺いさせていただきました。”
“えっ?どういうことでしょうか?”
“先ほど、残金を全額、振り込ませていただきました。”
支店長の表情から、笑顔が消えました。
“どうなの?”
支店長は、営業担当に聞きました。
“いえ、特に動きはなかったのですが…。”
やはり、朝イチバンでの口座状況は、チェック済みでした。
B銀行の支店長が言ったとおりです。
その様子をみて、専務が言いました。
“振り込んだのは、ついさっきですから。”
“すぐ確認して。”
営業担当は、すぐ確認に走り、
最新の入金状況を印字した用紙を手に持って、戻ってきました。
支店長は、奪い取るようにして、その用紙に目を凝らしました。
営業担当、副支店長も、両サイドから顔を近づけました。
副支店長が指さし、言いました。
“入って、ますね・・・。”
顔を近づけあった3人の目が、テンになった瞬間でした。
“こ、これはいったい、ど、どういうことでしょうか?”
支店長の声が震えました。
“言われた通りに、全額返済させていただきました。
なので、根抵当を解除いただけますよね。”
“いや、まあ、そうなんですが。
そのようなことなら、先に一言おっしゃっていただければ…。”
“真っ先にお願いしたときに、お断りされたので、
言われた通りにしたまでです。
そこに出ているように、B銀行は、我々の望むスキームに、
協力していただけましたので。
解除していただけますよね?”
“わ、わかりました。こういうことであれば、しかたがないですね・・・。”
“お願いします。”
“しかし、こういうやりかたは、どうかと・・・。”
“こういうやりかたしか、ないんじゃないですか?”
専務が言い返しました。
“・・・・・。”
支店長は、何も言えませんでした。
まさに支店長の言葉通り、
いつ何が起こるかわからない世の中、だったのです。
ようやく、
根抵当解除の申し入れ用紙を受け取り、支店長室から出ました。
“ありがとうございました!”
何も知らない銀行員の、妙に元気な声が、響きました。
支店長以下3人の表情とは、対照的でした。
A銀行にとっては、
まさに億単位の融資が一気に消え去った、瞬間だったのです。
こうしてようやく、A銀行の根抵当は、解除できたのです。
(古山喜章)
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